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Sympathy for Kobudai

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撮影しながら、須磨水族館のことを思い浮かべていた。
「水族園」と改名されるずっと前、小学校の遠足で出かけた際の、仄暗い夢のような光景。

(続き)

貸し切りの市電に乗って、水族館まで行った_それは夢なのか。
路線図を考えると、直通はありえない。11番に乗って国鉄兵庫駅まで行き、そこから山陽電車に乗り換えた_と考える方が現実的だろう。
しかし、そんな記憶が無い。学校近くの停留所から貸し切りの電車に乗って。車内は満員。ずっと立ったまま。次に降りたら目の前は須磨の水族館だった。……

 

当時の男子小学生の一番人気は、電気ウナギとその放電の様を示すオシロスコープを見ること。まるでウルトラQの世界だ。私も食い入るように見つめたのだが、それよりもさらに印象的だったのが大きなコブダイだった。
その異様な姿をノートルダムのせむし男に重ね合わせていた。
今なら、群れを作らないのは縄張り意識が強いからだろう_と想像する。しかし小学生の私は、その醜さの所為で、他の魚から嫌われていると考えた。眼の前をゆっくりと泳ぐキモチノワルイの大きな魚が悲しく見えた。

 

小さな魚の群れが一斉に向きを変える際の煌めきに目を瞠る。捕食者から身を守るための術でもあるのだろう。それでも私は、そんな群れの一匹にはなりたくない。個として泳ぐコブダイの方が今でも特別な親しみを感じる。見た目の醜さ、局外者の悲しみも昔のまま、変わらない。

 

記憶の中の水族館ではなく、今の水族園へも行ってみたくなった。

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Zachary Bruno
stripes
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