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itokanasikimonotachi

The Happy Pseudo-Memories

The Red Umbrella at the Opening

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赤い雨傘(アンブレラ)
撮影で初めて使ったのは2年前のクリスマス直前。
人形撮影の小道具として購入していたのだが、等身大ドールに持たせるのは難しかった。二、三度、球体関節人形と一緒に撮影して、それっきり。
それを今回また持ち出してみた。

(続き)

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懐かしい傘を開いてもらうと、不思議な既視感に囚われる。
自分で拵えた架空の設定であるのに、こんな場面をどこかで目にしたはずだと考える。小説の一場面、断章のような風景描写でさえ、実際に見た風景だと思い込んでしまう時があるように。
赤いアンブレラは 40 年ほど前の歌。あの歌から浮かび上がる風景も、自分の個人的な記憶の一コマのように思っていて、歌の最後、「おーい」という叫び声を聴くたびに胸が張り裂けそうになる。何か途方もなく大きな、大切なものを失ってしまった。漠としたそんな「記憶」と共に。
この美しい人の撮影を通して私が試みているのは似非記憶の構築だと気づく。現実の私には終に縁の無かった美しい瞬間を、何とか自分の記憶として残そうとするための。
しかし、架空の記憶を混在させても、それを丸々現実のものとして信じることができない。それは健全な思考故と言えるのだろうか。
私には自信がない。


Science Teheran
The breath of your life (with Oddrun Eikli)
https://soundcloud.com/scienceteheran/the-breath-of-your-life-with?in=scienceteheran/sets/oddrun-eikli